MOSFETとは?その動作原理と用途・電子産業での重要性
「MOSFET」は、私たちが最も数多く利用している電子デバイスであると言えます。デジタル回路もパワーエレクトロニクス回路も、その進歩なくして高度化することはできません。ここでは、そんな現代社会の最重要技術の1つであるMOSFETの重要性と用途について解説します。
半導体技術進化のマイルストーン「MOSFET」
現代社会を生きる私たちは、数十億~数百億個のトランジスタを集積した大規模な半導体チップを1人で何個も日常使いしています。わずか半世紀ほど前、たった1個のトランジスタを利用した小型ラジオが当時の人たちを驚かせたそうです。その技術の進化の速さは他に類を見ないものだと言えるでしょう。
現在のような高度に進化した半導体技術が確立されるまでの過程では、進化の転機となる “マイルストーン”と呼べる重要発明がいくつかありました。トランジスタの発明はその端緒となるものであり、IC、プロセッサなどが、そうした大発明の系譜に連なります。こうした大発明の中で、半導体の進化に与えたインパクトの大きさに比して、影の主役と呼べるような技術があります。それが「MOSFET」です(図1)。
図1 半導体技術の進化の大きな転機となった「MOSFET」
出所:写真はWikimedia Commons。
MOSFET自体は数あるトランジスタの種類の中の1つにすぎません。しかし、現在利用されている半導体応用製品のほぼすべてで使われている極めて重要な電子デバイスです。
ここでは、半導体分野の最重要技術の1つであるMOSFETとはいかなる技術なのか。そして、どのような用途に、いかなる形で利用されているのか。さらには、MOSFETはこれからどのように進化しつつあるのか解説します。
MOSFETとは、JFETとの構造や動作の違い
まずは、MOSFETの構造と動作原理を解説します。MOSとはMetal(金属)-Oxide(酸化物)-Semiconductor(半導体)の略であり、電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor:FET)の動作を制御している部分である「ゲート」の構造を示しています(図2)。
図2 MOSFETの断面構造とその動作
(左)断面構造(NチャネルMOSFETの場合)、(右)MOSFETの出力特性
出所:筆者が作成
電圧駆動であるため、低消費電力で動作
MOSFETは、接地端子につながる領域である「ソース」と一定電圧を常に印加している領域である「ドレイン」の間にゲートを配置した素子構造を取っています。そして、ゲートの金属端子に印加する電圧によって、酸化物直下の半導体界面近傍領域「チャネル」の電界を制御し、チャネル中の電荷を運ぶキャリア(電子もしくは正孔)の濃度を変えて絶縁状態(オフ状態)にしたり導電状態(オン状態)にしたり切り替えます。
ソースとドレインの間は、常に一定の電圧がかかった状態になっていても、水道の蛇口を回すかのようにゲートのチャネル領域の状態を変えることで、ドレイン電流の量を制御できます。そして、オフ状態からオン状態への変化する境目のゲート電圧は「しきい値電圧」と呼ばれています。また、MOSFETは、ゲート電圧が一定ならば、ドレインとソースの間の電圧を高めても、ドレイン電流はゲート電圧に応じた一定値を境にして飽和します。この飽和する点を「ピンチオフ点」と呼びます。
安全性に優れるMOSFET
FETには、MOS構造とは異なるゲート構造を持つ「接合型電界効果トランジスタ(Junction Field Effect Transistor:JFET)」と呼ばれるものもあります。JFETでは、電気的物性の異なるP型とN型、2種類の半導体を接合させたゲート構造を取ります。そして、ゲートに電圧を印加することで接合界面から「空乏層」と呼ばれるキャリアが無くなった領域が広がることで、常時導電状態(オン状態)にあるソースとドレイン間をふさいで絶縁状態(オフ状態)にします(図3)。
図3 JFETの動作動作原理(Nチャネル型の場合)
MOSFETとJFETには、特性上の多くの違いがあります(図4)。特に重要な点は、JFETはゲート電圧を印加していない状態ではオン状態であり、電圧印加によってオフ状態にする「デプレッション(ノーマリーオン)モード」のみで動作するのに対し、MOSFETはゲート電圧を印加していない状態でオフ状態になる「エンハンスメント(ノーマリーオフ)モード」で動作する素子を作ることができる点です。
図4 MOSFETとJFETそれぞれの特徴
出所:筆者が作成
自動車の電装品制御など、故障時の誤動作が許されない応用機器では、素子の動作を制御するゲートに電圧を印加していない状態で電気が流れる可能性があるディプレッションモードの素子の仕様は敬遠される傾向があります。このため、こうした用途で利用するFETには、主にMOSFETが使われます。どうしてもJFETを使う必要がある場合には、回路面での工夫によってノーマリーオフにするなどの工夫を入れるのが一般的です。
MOSFETを大発明たらしめている理由
MOSFETは、半導体技術の進化の歴史の中で特筆すべき大発明であると紹介しましたが、バイポーラやJFETに比べて、なぜことさらMOSFETの重要性が高いと言えるのでしょうか。その背景には、先述したエンハンスメントモードの素子を作れる点以外にも、MOS構造がFETのゲートとして求められる要件を満たす特性を備えていること、さらに半導体材料であるシリコンでは極めて高品質な界面を持つ熱酸化膜を形成することが可能であることがあります。
MOS構造には以下のようなFETのゲートに適した特徴があります。
一般的なMOS構造の酸化膜は、シリコン基板を熱酸化して形成しています。現在、量産されているチップの製造に多用されている熱酸化は比較的容易なプロセスであり、素子特性に大きな影響を及ぼすSiO2薄膜を、高品質かつ均一、高い再現性で形成できます。さらに熱酸化で形成したSiO2薄膜は高い電気的安定性を示し、シリコン界面の欠陥も他の成膜手法に比べて格段に少なくなります。これらの特徴から、設計どおりの素子を均質に作り、しかもチャネル領域を精緻に制御し、劣化も少ない優れたゲートを作ることができます。半導体チップを量産する際に、高い歩留まりでの生産を可能にしているのは、こうした性質があるからです。
また、MOS構造では、定常状態においてゲート電流がほとんど流れません。このため、駆動に要する電力が小さく、発熱量も低減できます。さらに、MOS構造は小型化が容易で、かつウエハー表面に2次元的なパターンを形成して素子を作り込むプレーナ技術と好相性です。MOS構造をゲートに適用した素子を小型化・高集積化・高速化する際にはSiO2薄膜の膜厚も薄くする必要がありますが、プロセスの制御性の高い熱酸化ならば比較的容易に薄膜化できます。これらの点は、大規模な集積回路を作るために重要な特徴です。
デジタル回路にも、パワエレ回路にもMOSFET
スマートフォンやパソコンなど、さまざまな電子機器に搭載されている半導体チップのほとんどが、莫大な数のMOSFETを集積して作られています。プロセッサであっても、メモリーであっても、アナログICであっても、基本的にはMOSFETの集合体であると言えます。
こうした半導体チップには、電気的性質が真逆(P型とN型)のMOSFETを相補的に組み合わせて構成する「相補型(Complementary)MOS:CMOS」と呼ばれるMOSFETの長所を強化・拡張した基本素子が導入されています。CMOSは動作時の電圧マージンが広いため耐ノイズ性が高く、回路が動作しない際に流れる電流量を最小化できるため消費電力が低い長所を持っています。これらの特徴を生かして、プロセッサなど大規模で高性能なデジタル半導体チップを実現しています。
デジタル用MOSFETでは、素子構造の3次元化が進行
デジタル半導体チップ向けのMOSFETでは、その実用化と応用が始まって以来、素子サイズを微細化することで、高性能化、低消費電力化、高集積化、低コスト化を推し進めてきました。MOSFETの優れた特徴を背景としながら継続的に微細化していくことで、半導体チップに集積可能なトランジスタ数が1.5年から2年ごとに2倍に増えるという「ムーアの法則」に沿って、著しいペースで進化してきました(図4)。
図4 莫大な数のMOSFETを集積し進化してきたプロセッサと最新チップに導入されている3次元構造(FinFET構造)のMOSFETの模式図
出所:写真と図はWikimedia Commons。
ただし、2010年代に入ると、2次元パターンで形成するプレーナ構造では微細化による高性能化などが困難になってきました。そこで、MOSFETの基本的な構造は維持しながら、素子構造を3次元化することによるムーアの法則の継続に取り組んでいます。22nm世代からチャネル領域を魚の背びれ(fin)のように3次元的に立たせて3方向を電極で包み込んだ構造の「FinFET」が導入されるようになりました。さらに、3nm世代以降にはチャネルを極めて薄いナノシートで作り、その四方を取り囲むようにゲート電極を形成する「Gate All Around(GAA)」が導入されています。
GAAが導入された以降は、MOSFET単独でのそれ以上の進化が困難になりそうです。そこで、16Å(1Å(オングストローム)は0.1nm)世代以降の実用化を想定して、P型MOSFETとN型MOSFETそれぞれ個別に形成していたチャネル領域を一体化させたGAAの発展版「フォークシート」構造が、5Å世代以降にはCMOSを3次元的に積層形成する「相補型FET(Complementary FET:CFET)」と呼ぶ構造の導入が検討されています。
大出力パワー半導体の実現に向けて進化するMOSFET
一方、インバータやDC-DCコンバータなどの電力制御に用いるパワーエレクトロニクス回路でも、MOSFETが、パワエレ回路を構成するスイッチ素子として広く利用されています。ただし、パワエレ機器では、バイポーラトランジスタや絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor:IGBT)なども使われています。
パワエレ回路への応用において、MOSFETは、他構造のトランジスタに比べて、高速なスイッチングが可能で、高入力インピーダンス、電圧制御、低電圧・小電流の領域でのオン抵抗が低いといった特徴があります。これらの特徴を生かして、家庭用電灯線のような比較的低電圧な電力を扱う、高周波数動作するスイッチング電源やモーター駆動装置などに多く利用されています。例えば、エアコンのコンプレッサや洗濯機のモーターなどの駆動回路を構成するパワー半導体には、シリコンベースのMOSFETが使われています。
パワエレ領域でさらに高出力のMOSFETを実現するため、縦方向に電流を流す縦型MOSFETへと進化。さらに、「スーパージャンクション構造」と呼ばれる、耐圧性を高めながら、オン抵抗を低減できる縦型MOSFETの改良版が広く利用されるようになりました。スーパージャンクション構造とは、縦型のMOSFETにおけるドリフト領域(横型FETのチャネル領域に相当)にN層とP層を交互に配置した溝構造を採用したゲート構造です。
図5 高出力パワー半導体に向けたMOSFETの進化
出所:筆者が作成
パワー半導体としてのMOSFETには、他構造にはない固有の利点があります。パワエレ回路を構成する、ドライバICやコントローラ、保護回路などの周辺チップを集積したパワーICの構成が可能になる点です。これらは、いずれもMOSFETを集積したチップです。パワー半導体がMOSFETならば、製造プロセスを複雑化させることなく1チップ化できます。パワエレ回路の集積化を推し進めることができれば、応用機器の小型・軽量化、低コスト化、信頼性向上などさまざまなメリットが出てきます。
大出力パワー半導体の実現に向けて進化するMOSFET
また、パワエレの分野では、MOSFETを作る素材に新材料を導入し、より高耐圧なパワー半導体が開発・実用化される動きが活発化してきています。新素材として導入されているのは、シリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などです。いずれも、シリコンよりもバンドギャップが広くパワー半導体材料に適した物性を持つ材料であり、より電力損失の少ない、高電圧での高速動作が可能なMOSFETを作り出すことが期待されています。
新材料のうち、SiC基板を適用したSiC-MOSFETは従来のシリコンベースと同様に、熱酸化によってSiO2薄膜を形成できます。ただし、SiC基板表面の結晶欠陥がシリコン基板に比べれば劣ること、SiC基板の結晶面によって酸化速度が異なり均一な酸化膜形成が難しいことなどが要因となって、現時点では、シリコンベースほど高品質なSiO2薄膜や界面が得られていません。ここをいかにして解決するかが、量産チップの製品開発の争点の1つになっています。
一方、GaN基板では、熱酸化によってMOSの酸化膜の役割を果たす絶縁膜を形成することができません。GaNの自然酸化膜であるGa2O3は絶縁膜とは言えないほどバンドギャップが狭く、MOSFETのゲート絶縁膜としての利用に適していないからです。このため、実用化されている横型GaNデバイスでは、「高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor:HEMT)」と呼ぶ、FETに似た素子構造を採用しています。
HEMTは、ゲートの半導体領域がバンドギャップの異なる材料を2層に重ねた構成を取っており、ゲートに電圧が印加された際には2層の半導体の界面に「2次元電子ガス(2DEG)」と呼ぶ高移動度の電子チャネルが形成されて動作します。また、HEMTでは、JFETと同様に半導体に直接金属電極を形成したゲート構造を採用しており、ゲート酸化膜の形成工程はありません。
ただし、研究レベルでは、GaNにおいても、ゲート酸化膜を用いたMOSFETの開発も進められています。熱酸化による酸化膜形成が困難であるので、プラズマ励起化学気相成長法(PECVD)などでシラン(SiH4)ベースの酸化膜を形成する技術の適用が試みられています。ただし、熱酸化膜に比べれば、品質が劣るため、品質を改善するための技術開発が進められています。こうした研究開発の成果が量産技術になれば、GaNベースのMOSFETが実用化してくる可能性があります。
まとめ
熱酸化によるSiO2薄膜を利用したMOSFETの製造法が発見されてから既に約70年以上経過しています。そして、現在に至るまでの間に、MOSFETは最も数多く利用されている電子デバイスとなりました。特に、デジタルLSIを構成する微細素子としての進化によって、現在のデジタル社会が生まれる素地となった点は、MOSFETの価値を高めています。今も、その重要性が色褪せることはなく、ますます技術は進化し、その応用も拡大していくことでしょう。
ただし、パワー半導体での新材料の導入に見られるように、今後、MOSFETがさらに進化していく中で、新材料の特徴を活かす新たなMOS構造の形成技術が求められてきます。MOSFETの発展に対する社会的な期待は大きく、こうした新技術の開発の意義は極めて高いと言えます。
最新の技術や製品の情報を入手するには、展示会への参加が効率的です。ネプコンジャパンは電子機器・半導体・パワーデバイスなどの最新技術を持った企業が1,800社出展している、アジア最大級の展示会です。年に4回、東京・大阪・名古屋で開催しております。気になる製品があれば、その場で商談も可能です。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
監修・執筆者情報
監修:高橋 良和
経歴:
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター 研究開発部門長 教授
文部科学省 革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業パワエレ回路システム領域「脱炭素社会に貢献する集積化パワーエレクトロニクス」研究代表
執筆:伊藤 元昭
経歴:富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
▼この記事をSNSでシェアする