脱炭素化推進のキーテクノロジー「インバータ」

カーボンニュートラル達成に向けて、再生可能エネルギーの活用や省エネルギー化を推し進めるため、「インバータ」の活用領域が急拡大しています。同時に、技術のさらなる進化に対する期待感も高まっています。本記事ではインバータの定義から適用領域、今後の進化の方向性まで解説します。
 

カーボンニュートラル達成に向けたインバータの貢献

カーボンニュートラル達成を目指して、世界中の政府やあらゆる業界・業種の企業・団体が一丸となって取り組んでいます。日本政府が達成目標とする2050年は遠い未来のように見えますが、足下で着実に取り組みを広げていかないと達成できません。広範な産業分野、生活や社会活動のあらゆるシーンにおいて、再生可能エネルギーや水素などの有効活用や省エネルギー化を推進していくことが求められます。

エネルギーの消費量は、文明の発展度を測る指標にもなり得る社会の活力そのものだと言えます。社会の活力を損なうことなく、消費するエネルギーの質をCO2の排出を伴わないものへと変えていくことは、社会システムを根本的に刷新していくことを意味します。

こうした大規模な構造改革が進められる中、にわかに重要性と注目度が高まってきている電気技術があります。「インバータ」です(図1)。日本では、「インバータエアコン」が比較的早い時期から普及したため、その言葉自体を耳にしたことのある人は多いかもしれません。これが今では、再生可能エネルギーの活用や電気自動車(EV)の普及、家庭やオフィス、工場などでの省電力化など、脱炭素化に向けたあの手この手の方策を実践する際に欠かせない技術として、世界中で活用と技術開発が進められるようになりました。
 

図1 電気自動車のモーターに取り付けられた駆動用インバータのカットモデル

ところが、インバータとはどのような技術なのか、カーボンニュートラル達成に向けてなぜ今注目されているのか。明確に理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。ここでは、脱炭素時代のキーテクノロジーであるインバータの基礎知識から最新動向まで、一通り解説いたします。

インバータとは、装置・回路の構成と動作原理

そもそもインバータとはどのような技術なのでしょうか。まず、その原理と特徴、利用シーンを紹介します。

実は、一般にインバータと呼ばれている技術用語には、狭義と広義の2つの意味があります。本来は、現在の狭義を「インバータ回路」、広義を「インバータ装置」と呼び分けた方が間違いないかもしれません。技術解説などを読む場合には、そのどちらを指しているのか明確に意識する必要があります(図2)。そこで、狭義と広義それぞれについて解説し、これ以降は呼び分けて説明を進めていきます。

図2 インバータ回路とインバータ装置の位置付けとモーター駆動回路を例にしたそれぞれの役割

狭義のインバータという言葉に相当するインバータ回路(逆変換器)とは、直流電力を交流電力に変換する回路のことを指します。逆に交流電力を直流電力に変換する回路は、「コンバータ回路(変換器)」と呼ばれます。一方、広義に相当するインバータ装置とは、インバータ回路とコンバータ回路、さらにはコンデンサなどを組み合わせて作る、交流電力の電圧や周波数などを異なる値に変換する仕組みのことを指します。

インバータ回路とインバータ装置のいずれも、脱炭素に貢献する技術であることに変わりありません。例えば、EVを動かすインバータは、バッテリ出力の直流電力をモーターが駆動する交流電力に変換しているので狭義のインバータ回路のことを指します。一方、エアコンの省エネ化に利用しているインバータは、家庭用交流電力の電圧・周波数を変換してコンプレッサの動きを制御しています。交流を別仕様の交流に変換するインバータ装置のことを指しています。
 

交流を一度直流に変え、インバータ回路で電圧・周波数を変換

インバータ装置は以下のように動作します。

まず、交流電源から引き入れた交流電力を、コンバータ回路で直流に変換。コンデンサによって直流電力を安定化(平滑化)させます。そして、インバータ回路を使って、直流電力を所定の電圧・周波数の交流電力に変換します。

単に交流電力の電圧や周波数を変えるために、なぜ一度直流電力に変換するような複雑なプロセスを経る必要があるのでしょうか。理由は、交流電力のまま直接、電圧・周波数を変換するマトリックスコンバータと呼ぶ技術もありますが制御が複雑なため、その利点が出せる特殊な装置に使われることが一般的です。インバータを利用すれば、直流電力を交流電力に変換する際に、制御条件を変えることで電圧・周波数を比較的簡単に変換できます。このため、一度、直流電力に変換しています。
 

直流電力をスイッチングして任意の交流電力を得る

インバータ装置の主要部分となっているインバータ回路は、大きく3つの部分で構成されています。

一定量の直流電力が流れる回路をオン・オフするスイッチング機能を持つパワーデバイス(FETやIGBTなどのトランジスタ)やコンデンサ、リアクトルなどの受動部品などで構成する「主回路の構成部品」、回路のオン・オフを制御する際にパワー半導体の特性に応じた制御信号を作る「ゲートドライバ部」、所定の電圧・周波数の交流電力を作り出す制御アルゴリズムに沿ってドライバICを動作させる「コントローラ」です。

この他にも、インバータ装置全体の動作状況などを検知して、制御回路にフィードバックする情報を得る「センサー」なども組み合わせて回路が構成されています。

図3 インバータ回路の構成

インバータ回路では、スイッチングのオン・オフを高速制御し、直流電力が流れる時間を調整する。「パルス幅変調(Pulse Width Modulation:PWM)」と呼ばれる技術を利用して、電圧と周波数を所定の値に変換した交流電力を作り出します。

PWM制御とは、一定電圧の直流電力をオン・オフすることで矩形波のパルスを作り出し、その際に所望する仕様の交流電力に変換する技術のことです(図4)。生成した矩形波電圧をインダクタで平滑化すれば、交流電力の波形を正弦波に近い形へと整えることができます。その際、矩形波の幅が広ければ平滑後の電圧は高く、狭ければ低くなります。

図4 インバータ回路の制御に適用するPWM制御の仕組み

インバータの応用分野と役割

家庭やオフィス、工場、さらには社会インフラまで、さまざまな場所や多様な用途で、交流電力で動く電気機器が利用されています。ただしこれまでは、一定電圧・周波数の交流電力で動作することを前提に作られ、使われている機器が多くありました。

例えば、さまざまな業界の工場で、製造装置の冷却や換気に向けて利用する送風装置が利用されています。冷却や換気の必要性は生産状況に応じて変わるはずなのですが、ちょっと古い工場では、一定速度でファンを回し、前に置いた衝立の角度を変えて風量を調整しているところが意外と多くあります。折角作り出した空気の流れを、わざわざ妨げてムダに逃がして利用しているわけです。こうしたムダを放置していては、脱炭素化など進むわけがありません。

インバータ装置を利用すれば、ファンの回転を柔軟に変えて、ムダなく必要な風量を作り出すことができます。インバータエアコンなどの省エネ型電気装置のコンセプトは、基本的にはこれに類したものだと言えます。

冷蔵庫や洗濯機といった家電機器から、ファンやポンプなど産業機器、エレベータやクレーンなどのビル設備や社会インフラ、さらにはEVまで――。私たちの身の回りにはモーターで動く機器や装置が数多くあります。そして、世界で生み出されている電力の総量のうち約半分が、何らかのモーターの駆動で消費されていると言われています。

インバータ装置は、こうした機器や装置での電力損失のムダを最小化するためのキーテクノロジーなのです。
 

再エネ利用拡大にはインバータの効果的活用が不可欠

再生可能エネルギー由来の電力を生み出す発電所や、家庭や工場などに交流電力を届ける電力網を高効率化するためにも、インバータ利用の拡大と技術の進化に期待が集まっています。

インバータ装置は、太陽光発電システムなどの再生可能エネルギー由来の電力を効率的に利用するのに不可欠です。電力システムでは、需要量と供給量を常に一致させないと、電圧降下や停電などを引き起こす可能性があります。ただし、需要量は常に大きく変動し続け、自然現象を活用する再生可能エネルギーもまた発電量が大きく変動します。

火力発電は慣性力(タービンの回り続けようとする力)があるため瞬時の電源変動に対して調整力がありますが、太陽光発電などは、慣性力がない(少ない)ため瞬時電力の変動に対し課題があります。これに対応するためにはスマートインバータという高度な技術が必要であり、現在の一般的なインバータ装置では不可能です。

また、再生可能エネルギーの利用量増大を見据えて、より狭い範囲で電力の需給バランスを最適化するスマートグリッドシステムの導入が検討されています。スマートグリッドでは、よりスマートインバータ装置をより多く導入していく必要があります。

インバータ導入機器の普及はこれからが本番

日本で販売されているエアコンは、低価格帯の機種であっても当たり前のようにインバータ装置が搭載さています。しかし、世界市場を見渡せば、北米市場であってもインバータの搭載率は20%にすぎません。このため、インバータ装置そのものの高性能化も重要ですが、インバータの導入率を高めるための支援技術の提供も同等以上に重要です。

導入率向上の重要性は、他の家電製品、産業機器などでも同様の状況です。カーボンニュートラル達成に向けて、インバータ装置を導入した電気機器のさらなる普及と、導入率向上を後押しするインバータ技術の進化が強く求められています。
 

専門知識不要でインバータを活用できるソリューションが必須

応用機器の普及と適用領域の拡大を実現するためには、インバータ装置/回路を構成する半導体や電子部品の低コスト化、装置/回路の小型・軽量化、信頼性向上などによる適用機器の拡大、専門的な知識がなくても高度な電力制御技術を導入できるインバータソリューションの提供が求められてきます。

世界的視野から見ればエアコンや冷蔵庫など家電製品を動かすインバータを導入した機器の普及が進んでいませんでした。このため、現時点の機器開発者の多くは、インバータの効果的活用法を熟知していない状況にあるのが現状です。より高度なインバータを多様な応用に適用できるようにするため、専門的な知識がなくても導入可能なインバータソリューションが求められています。

その実現には、インバータ装置/回路の構成要素である、パワーデバイスやドライバIC、コントローラ、さらには制御用ソフトウエアなどの仕様をサプライヤ側で擦り合わせ、ユーザー側では最小限の調整だけで導入できる状態に仕上げておく必要があります。
 

インバータ技術の進化の方向性

インバータ装置/回路の応用拡大とさらなる高性能化に向けて、既にさまざまな切り口からの技術開発が進められています。そして、進化したインバータ装置/回路が市場投入される応用機器に導入されるようになってきました。いくつかの例をご紹介します。

まず、従来品よりも電力損失の低い、新たな半導体材料をベースにして作られたパワーデバイスを採用したインバータ装置/回路が実用化されています。インバータ回路内に組み込まれるパワーデバイスでは、オン状態ではデバイス内部の抵抗によって、オンとオフの切り替え時には状態変化に伴う要因によって、一定量の電力を損失します。より高効率なインバータ装置/回路を作るためには、損失量が少ないデバイスが必要になります。そこで、従来利用してきたシリコンに代えて、より高電圧での損失量を低減できるシリコンカーバイド(SiC)ベースのMOSFETや窒化ガリウム(GaN)をベースのHEMTの技術開発と実用化、生産拡大が加速しています。既に、EVのモーター駆動用、太陽光発電のパワーコンディショナー、無停電電源(UPS)などに適用されるようになりました。

SiCやGaNをベースにしたパワーデバイスを活用すると、より高速なスイッチングが可能になります。すると、装置/回路を構成する電子部品の中でも、特にサイズが大きくなりがちなコンデンサやリアクトル、トランスなどの受動部品を小型・軽量化できるようになります。これによって、これまでサイズなどが障害になって導入できなかった応用先への導入も進むとみられています。

また、インバータ装置/回路の制御技術も、よりスマートな方向へと進化しつつあります。現状の状況から将来のシステムの挙動を予測し、最適な電力制御を行う「モデル予測制御(Model Predictive Control:MPC)」と呼ばれる技術の開発・導入が進められています。MPCとは、システムの機能と性質をコンピュータモデルで表現し、センサーで収集したシステムの状態や挙動の履歴データを入力して制御条件を最適化し、自動調整する技術です。機械学習を用いた制御を、モーター効率向上や振動抑制などに向けて適用することが可能になってきています。
 

図5 EVを家庭用電源の蓄電池として利用するための双方向インバータ技術の高度化が進められている

さらに、双方向での電力変換に適用可能なインバータ装置/回路の開発も進められています(図5)。EVを家庭の電灯線や地域の電力網に接続して、搭載しているバッテリを電力受給のバランス均衡や平準化、非常用電源として利用するシステムの導入が検討されています。V2H(Vehicle to Home)やV2G(Vehicle to Grid)と呼ばれる電力システムです。こうしたシステムを構築するためには、バッテリからの直流電力を交流電力に変えるだけでなく、逆に交流電力を直流電力に変える機能も備える必要があります。

また、これまで2レベルの電圧レベルで行っていたPWM制御を、3レベル以上にする技術の開発も進められています。「マルチレベルインバータ」と呼ばれる技術です。これによって、比較的低電圧のパワーデバイスを用いることができるようになります。一般に、低耐圧のパワーデバイスほど高速動作が可能であり、より低損失なデバイスを適用できる可能性も高まります。また、出力波形がより正弦波に近づくため、変換効率を高めやすくなります。さらに、出力電圧のリップルが小さくなり、インダクタンスを小さくしてシステムを小型化することができます。マルチレベルインバータは、既に産業用モーターの駆動装置や再生可能エネルギーシステムなどで実用化されています。

まとめ

インバータ装置/回路を活用した電力利用効率の高い、小型・軽量化が適用されているか否かが、ユーザーが電気機器を選択する際の基準になりつつあります。インバータ装置/回路の応用拡大と、その技術の進化は急激に進むことでしょう。

こうした動きを支えるため、パワーエレクトロニクス技術を研究開発する大学・研究機関が徐々に増えてきています。また、この領域に開発リソースを割く企業も増えてきました。特に、より精緻な電力制御を可能にするために、電力制御システムや制御用ソフトウエア開発に優秀な人材を配置する重電業界の企業も見られるようになりました。

この領域での市場環境と技術は、今後も大きく変化していくことでしょう。
 

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監修・執筆者情報

監修:高橋 良和

経歴:
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター 研究開発部門長 教授
文部科学省 革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業パワエレ回路システム領域「脱炭素社会に貢献する集積化パワーエレクトロニクス」研究代表

 

執筆:伊藤 元昭 

経歴:富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。


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