デジタル社会と脱炭素化を支える基本素子「トランジスタ」
現代社会のメガトレンドであるデジタル化と脱炭素化の取り組みは、半導体で作る基本素子「トランジスタ」の活用と進化なしでは一歩たりとも進みません。生活や社会活動の中で果たす役割と、今後の進化の方向性を解説します。
デジタル社会を創り支える基本素子「トランジスタ」
「20世紀最大の発明は何か?」。このように問われれば、飛行機、テレビ、コンピュータ、インターネット、原子力機関、抗生物質、化学肥料などさまざまな候補が挙がることでしょう。ただし、その応用分野の広さと、文明・文化の進歩への貢献、生活や社会に与えた影響などを総合的に考えれば、「トランジスタ」は必ず候補に入るのではないでしょうか(図1)。トランジスタがなければ、先ほど候補として挙げた大発明のいずれも、生み出すことも普及させることもできなかったことでしょう。
図1 20世紀を代表する大発明「トランジスタ」
トランジスタは、1947年に米国のジョン・バーディーンとウォルター・ブラッデンによってその原型が発明されました。そして、1948年にはウィリアム・ショックレーによって接合型トランジスタへと改良され、特性が安定した工業製品として生産・活用が可能になりました。トランジスタの発明に関わった3氏には、1956年という発明から間もない時期にノーベル物理学賞が授与されています。発明されてすぐに、極めて大きなインパクトを社会に及ぼしたことが伺われます。
そして現在では、生活や社会活動に欠かせない存在になった電気・電子機器のほぼすべてに組み込まれています。
電気電子機器の中でトランジスタが果たす2つの役割
トランジスタとは、半導体で作られた電源端子と出力端子の間に、入力信号に応じて電気的性質(抵抗値)を変える制御端子が設けられた構造を取る半導体素子のことを指します。入力端子に流す電気信号の電流値もしくは電圧値に応じて、電源端子と出力端子の間流れる電流の量を制御することが可能です。
トランジスタでは、電気信号の「スイッチング(オンとオフの切り替え)」もしくは「増幅(信号の振幅を大きくすること)」という2つの機能を実現します。
スイッチング機能として利用する際には、入力端子への信号によって、出力電流を流したり、切ったり切り替える制御をします。スイッチング機能を利用し、複数個のトランジスタを組み合わせて複雑な回路を構成すれば、“0”と“1”で情報を表現したデジタル信号を自在に制御できます。こうしたスイッチを無数に利用して出来上がっているのが、現在のスマートフォンやコンピュータなのです。ちなみに、脱炭素化を後押しするためにさらなる高度化が期待されているパワー回路もトランジスタのスイッチング機能を活用して実現しています。
一方、増幅機能では、弱い電気信号をより大きな電気信号へと変換します。あらかじめトランジスタの電源端子と出力端子の間に一定電圧を印加しておき、入力端子に流す弱い電気信号の大きさに応じて、電流値もしくは電圧値を増強した信号を出力します。この機能は、主にRF回路やアナログ回路などを構成するのに利用されています。
通常、応用する電子回路中では、スイッチングと増幅の2つの機能のうちのいずれかを活用して応用しています。これらのトランジスタの役割は、トランジスタ以前に発明された3極真空管と同様のものです。ただし、トランジスタを構成するすべての要素が、状態や特性が安定した固体であるため、真空管よりも安定的に高性能動作させることができます。
多様なトランジスタを用途に応じて使い分け
トランジスタには多くの種類があり、用途に応じて使い分けられています(図2)。ここでは、代表的なトランジスタである「バイポーラ接合トランジスタ(Bipolar Junction Transistor:BJT)」「電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor:FET)」「絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor:IGBT)」について、それらの仕組みと特徴を紹介します。
図2 多種多様なトランジスタの分類とそれぞれの特徴
図中の記号は、それぞれのトランジスタの回路記号
BJTは、制御端子に流す電流の変化によって、入力端子と出力端子の間の電流量を変える原理で動作するトランジスタです。増幅率が高いこととノイズ特性に優れている点が特徴であり、高電圧・大電流を扱うのに向いた素子構造です。主にトランジスタの増幅機能を利用する際に適用します。BJTの電源端子は「コレクタ」、出力端子は「エミッタ」、制御領域をコントロールする入力端子は「ベース」と呼ばれます。「PNP型」と「NPN型」という電気的特性が真逆の2種類があります。
FETは、入力端子に印加する電圧の変化によって制御領域(チャネル)の電界を変えて、電源端子と出力端子の間を流れる電流量を変えることができるトランジスタです。動作速度が速く、小型化が容易な構造である点が特徴です。主にトランジスタのスイッチング機能を利用する際に適用します。FETでは、入力端子を「ソース」、出力端子を「ドレイン」、制御端子は「ゲート」と呼びます。FETも電気特性が逆の「Pチャネル型」と「Nチャネル型」の2種類があります。
さらにFETは、チャネルの状態を変える仕組みの異なる2種類に分類できます。
「接合型電界効果トランジスタ(JFET)」は、チャネルに電気的に逆の性質を持つ半導体を接合させてゲートを設けるFETです。ゲートに逆バイアス電圧を印加することでチャネルの幅を狭め、ソースとドレイン間を流れる電流を制御します。JFETは、低周波数の増幅回路や特定のスイッチング用途に適しており、オーディオ機器などのアナログ回路によく使用されます。ただし構造上、応用回路の電源が入っていない状態、つまりゲートに電圧を印加していない状態では常にオン状態(ノーマリーオン)になるため、電源停止時に確実に回路動作を止めたい安全性重視の応用には利用しにくい点が欠点です。
「金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)」は、金属電極、酸化膜、半導体チャネルを積層してゲートを構成したFETです。ゲートに電圧を印加することで、酸化膜下のチャネル領域の状態を変えて、ソースとドレイン間を流れる電流を制御します。JFETよりも高速スイッチングが可能で、小型化にも適している点が特徴です。こうした特徴を生かして、数多くのMOSFETを1チップに集積し、プロセッサなどデジタルICを構成するために使われています。また、回路に電源が入っていない場合にも常にオフ状態にすることができるため、安全性や信頼性が求められる応用にも適用しやすい点も見逃せない特徴です。
Pチャネル型MOSFETとNチャネル型MOSFETを一対に組み合わせれば、片方がオン状態の時には他方がオフ状態になる相補的に動作する基本回路を構成できます。こうした構成を取る基本回路のことを「相補型MOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor:CMOS)」と呼びます。CMOSは、Pチャネル型やNチャネル型を単体で使用するよりも低消費電力での動作が可能であり、高密度、高速動作、高ノイズ耐性も実現します。こうした優れた特性を備えていることから、現代のロジック半導体チップはほぼすべてCMOSで構成されています。
また、電源回路や各種電力変換回路、モーター駆動回路のように大電力を扱うパワーエレクトロニクス回路では、「絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor:IGBT)」と呼ばれるトランジスタも広く利用されています。
IGBTとは、入力部がMOS構造、出力部がバイポーラ構造のトランジスタのことです。こうした構造を取ることで、高速動作が可能なMOSFETと高電圧・大電流の扱いが可能なBJTの良いとこ取りをしています。MOSFETよりも高電圧・大電流を低損失でスイッチングすることが可能であり、スイッチング速度はBJTよりも速いことが特徴です。IGBTでは、入力端子を「エミッタ」、出力端子を「コレクタ」、制御端子は「ゲート」と呼びます。ゲートに電圧を印加することで、エミッタとコレクタの間を流れる電流の量を制御します。
データセンターやスマホの進化には、MOSFETでの技術革新が不可欠
現代社会には、大きく2つのメガトレンドが見られます。一つは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」。社会の仕組みや生活での作業、ビジネスの業務をデジタル化することで効率化や社会課題の解決、新たな価値創出を目指す取り組みです。もう一つは、「グリーントランスフォーメーション(GX)」。カーボンニュートラル達成や循環型社会の実現を目指す取り組みです。これらDXとGXは、いずれもトランジスタが今後も高度に進化し続けていくことを前提にして進められていると言えます。
DXをより多くの領域で適用し、より高度な効果を得るためには、MOSFETのサイズをより微細化することによる、CPUやGPU、SoCといったデジタル半導体チップの高性能化、低消費電力化、低コスト化の推進が欠かせません。
トランジスタの中でもMOSFETは、他のトランジスタに比べて小型化が容易で、しかも高速・低消費電力での動作が可能であり、信頼性も高いことから、特に積極的な技術開発が進められてきました。その結果、1.5年で約2倍のペースでチップの性能が向上するという「ムーアの法則」に沿った指数関数的な進化を遂げてきました。既に、トランジスタの構造を形成する際の素子パターンのサイズはナノメートル(10億分の1メートル)オーダーにまで微細化され、1チップに数百億個ものトランジスタを集積できるようになりました(図3)。
図3 MOSFETの微細化ロードマップと事業化
図中の写真は、米IBMが施策した2nm世代の最先端トランジスタの試作品
出所:図はベルギーのimec、写真はIBM
デジタル社会に欠かせない最先端のMOSFETを作り、高度なチップを製造できる力の保有は、国家レベルでの産業競争力や経済安全保障体制を左右する重要な要素になってきました。日本でも、2nmプロセスを使った最先端チップの生産体制を確立すべく、ラピダスが設立され、2027年の事業立ち上げを目指して技術開発と生産体制の構築が進められています。
再エネ活用やEV、省エネ化などで求められるトランジスタの進化
一方、GXの適用領域を拡大し、より大きな効果を得るためには、パワーエレクトロニクス応用機器中の回路を構成するFETやIGBTなどの材料と素子構造の革新が求められるようになりました。
これまで、半導体産業が立ち上がり急成長し始めた当初の1960年代以降、商業利用されたトランジスタの多くはシリコンを素材として作られていました。半導体の性質を示す物質は、シリコン以外にも多数あります。そうした中でシリコンが使い続けられてきたのは、トランジスタの素材として極めてバランスの良い物性を持ち、しかも加工がしやすい性質を持っていたからです。特に数あるトランジスタの中でも特に性能が高く、微細化に向き、しかも信頼性の高いMOSFETの作成に欠かせない高品質な酸化膜を形成できた点は、「人類に向けた天からの贈り物」と評されるほど都合のよい性質でした。
ところが、今後、より高度なパワーエレクトロニクス技術をより広範な応用に適用できるようにしながら、性能を高めていくためには、シリコンにこだわり続けていたのでは限界があることがわかってきました。当然、素子構造を改善は継続していくのですが、それだけでは性能改善の伸び代が少ないのです。そして、別の半導体材料の採用を検討し、トランジスタを形成する技術や量産技術の開発が進められるようになりました(図4)。
図4 パワーエレクトロニクス領域では、多様な半導体材料・素子構造が使い分けられるようになった
パワーエレクトロニクス領域では、既にシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)を新材料として採用したFETが実用化しています。いずれも、シリコンベースのFETに比べて、より高電圧な電力をより高速にスイッチングできるFETです。SiCベースのMOSFETは、既に電気自動車のモーター駆動用の小型・軽量・高効率インバータや太陽光発電システムを電力網につなぐ際の小型・高効率のパワーコンディショナに搭載されています。
また、GaNベースのJFETの一種である「高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor:HEMT)」は、パソコンやスマートフォンの超小型充電器などに搭載されるようになりました。こうした新材料ベースのトランジスタを活用することで、電力損失をさらに削減し、これまで以上に広範な領域で利用できるパワーエレクトロニクス応用機器を実現できるようになります。ちなみにHEMTは、高速動作が可能な特徴を生かして、GaNやガリウム砒素(GaAs)を利用してRF回路用の素子を作る際にも適用されています。
パワエレ向けトランジスタをめぐる最新企業動向
パワーエレクトロニクス用のトランジスタは、新材料ベースとシリコンベースのいずれも、これから需要が急拡大していくと予想されています。このため、パワー系半導体メーカー各社は、技術開発と増産に向けた設備投資を急いでいます。
現時点では、この領域では日本企業が世界シェアの上位に名を連ねています。ただし、欧米や中国の企業の動きが急加速しており、現在のポジションを今後も維持できることは約束されているわけではありません。こうした状況に危機感を感じた日本政府は、この領域のビジネスを支援していく姿勢を見せています。既に、ロームと東芝デバイス&ストレージの協力関係強化やルネサスエレクトロニクスによるGaNベースHEMTで実績を持つ米Transphormの買収など、M&Aも視野に入れたビジネス強化策を実施するようになりました。
まとめ
DXやGXが推進されていく中、トランジスタの重要性とその進化への期待は高まる一方です。応用の高度化と領域拡大が進むだけでなく、トランジスタを作り共有する半導体産業もまた成長し続けていくことでしょう。
現在、量子コンピュータのような既存のトランジスタとは異なる原理で動作する情報処理機器が登場してきています。トランジスタを基に作った情報機器では実現できないような演算性能を実現できる技術です。そうした新技術が登場したとしても、トランジスタの価値が損なわれることはないでしょう。既存技術の延長線上で進化する情報機器と量子コンピュータでは、応用適性が異なり、棲み分け、併用されることになるからです。
さらに、トランジスタ自体も、電気信号ではなく光信号を制御して演算回路などを構成できる技術が開発されてきています。これによって、さらなる性能向上が期待できそうです。トランジスタのさらなる進化と応用拡大は続きます。
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監修・執筆者情報
監修:高橋 良和
経歴:
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター 研究開発部門長 教授
文部科学省 革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業パワエレ回路システム領域「脱炭素社会に貢献する集積化パワーエレクトロニクス」研究代表
執筆:伊藤 元昭
経歴:富士通株式会社にて、半導体エンジニアとして、宇宙開発事業団(現JAXA)の委託による人工衛星用耐放射線半導体デバイスの開発に従事。日経BP社にて、日経マイクロデバイスおよび日経エレクトロニクスの記者、副編集長、日経BP半導体リサーチの編集長を歴任。
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